不夜城 吉原 Yoshiwara never sleeps

Photoshopで張見世を仕上げていると電気はどうしていたの?という疑問が出てきました。

江戸時代には「明かり」というものは極めて高価なもので、「闇の夜は吉原ばかり月夜哉」の川柳でもあるように江戸の待街は大変暗く、不夜城は吉原くらいなものだったことは存じています。庶民にとっては日が暮れる=就寝が当たり前だったのです。
遊女の持ち物−張見世で書いたように吉原では昼〜深夜まで営業をしていました。夜間の明かりはどうしていたのでしょうか? ちなみに『廓の一日』た『遊女の一日』によると、遊女達が三味線を弾いたり手紙を書いたりして自由に過ごせたのは主に昼見世の時だけのようですね。調べれば調べる程、新情報が出て来ます。

ということは、これまで参考にした浮世絵や屏風絵は比較的自由に過ごしていたようだし、蝋燭も行灯も登場していないので昼見世の様子だったのですね( ̄0 ̄; )

話を元に戻して、夜見世についての資料を集めてみました。

以下の絵によるとどうやら夜見世では中央に大きな照明器具が設置されています。

葛飾応為「吉原格子先の図」(画像:初心者、黄表紙をよむ 心学早染艸

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作者は不明ですが、外国人が描いたと思しき以下の絵にも同様の照明器具が中央に置かれています。(画像:不夜城 吉原)

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この中央の大きな照明器具は何なのでしょうか!?こんなに大きい行灯があったのか…はたまたの中には蝋燭が入っているのか… ちょっと分かりませんでした。でも昼見世の様子を描いた絵では中央に何も置いていなかったので、わざわざこの大きな照明器具を毎晩片付けていたのでしょうか。

それに昼見世と夜見世の座り方も違うように見えます。

昼見世の図では格子窓周辺に下級の遊女が座り、中央の毛氈の上には花魁が座っていましたが、上記の図では皆が壁側に座っていて、皆が毛氈の上に座っているようです。

なんだか、ある文献には花魁は張見世には決して座らないと書いていて、ある文献には赤い毛氈の上に花魁のように高級遊女が座ったと書いていて、しかし上の絵を見てみると全員が毛氈の上に座ってるではないか!!! となって、どれだけ困惑させるのですか… きっと全て正しいのだろうけど、見世によって違ったのか、長い吉原の歴史の中で徐々に変わっていったのか、少し分かりかねますが、まだまだ勉強が必要なようです。

※ちなみに行灯とは、中に油皿という灯火用の油を入れる小さい皿を入れて使う照明器具で、江戸時代に入り菜種の栽培が盛んに行われたことで庶民の間でも普及しました。とはいえ行灯の明かりはせいぜい豆電球の半分くらいの明るさで大変暗かったそうです。ということは上の絵の明かりはかなり明るく見えるので行灯ではないのでしょうか…

庶民にとっては行灯に使われた菜種油も高価だったそうで、庶民は魚油で代用する人が多かったそうです。しかしその魚油も安いという訳ではなく、更にあまりの臭いで長時間は使ってられなかったそうで、どれほど明かりが貴重だったか分かりますね。部屋中がナンプラーのような香りでつつまれたのでしょうか…それだったら私は大人しく朝まで明かりを待ちます(^^;

(画像:第6回:江戸時代に学ぶ現代の生活術

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ちなみに行灯は基本的に部屋に置いて使うものなので、吉原夜見世の絵で通行人が持っているものは行灯ではなく提灯です。

吉原には誰也行灯(たそやあんどん)と言われる特殊な行灯もあったそうです。所謂街灯のようなもので、各妓楼の前に設置し吉原の通りを点したそうです。これは遊女らの死を慎んで点される行灯だそうです。

(画像:isobekai

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結局、張見世で使われているこの大きな照明器具が何なのかは分かりませんでしたが、宴会の席では和蠟燭が使われていたことが以下の絵から分かりました。(初心者、黄表紙をよむ 心学早染艸より)

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燭台というそうです。(画像:11117.jpg

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和蠟燭は鎌倉時代からずっと日本にある伝統的な「明かり」ですが、明るさが十分あったとしても1本4000円程ととても高価だったため、大名や吉原だけでしか使われてなかったそうです。一度、愛媛の内子で和蠟燭の工房を見学したことがありますが、一つ一つを丹念込めて作っているので、それほどの値段がする理由も分かります。吉原の宴会では蝋燭が使われていたそうですが、そう思うと花代が仰天の値段であるのも納得できますね。

洋蝋燭に比べて火の揺らめきに強さがあり、これぞ大和魂といった情緒があるので私はとても好きです。

どうやら昼見世の図をベースでデザインを進めてきた今、例の大きな照明器具を中央に配置するなんて嫌ですw

毛氈の位置もてっきり、昼見世も夜見世も関係ないと思っていたのに全てをやり直すなんて無理があります。

よく、映画を見ていて間違った解釈でデザインされているセットがあり、文句を付けている私ですが、どれだけリサーチというものが大変なのか知らされた今日でした。。。

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